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『世界は贈与でできている』

近内悠太さん署 発行 株式会社ニューズピックス

 

とても面白かったです。2日くらいで読了しました。

以下、私が理解したことをまとめました。

(正しい内容はぜひ本を読んでくださいね)

 

交換と贈与は対になっていて、交換は対価を求めます。

例えば、

お金を払ってサービスを受ける

感謝されたくてボランティアする

など、ギブアンドテイクやウィンウィンなどです。

 

贈与は、

まず先に受け取っていることが前提

受け手が「受け取った」と感じて初めて成立する
したがって、発生から受容までタイムラグがある。

気づかれないこともある。(与えている本人が無意識の場合も)

合理の中に存在する不合理の部分が贈与

受け取ったら、次に渡したくなる

それが使命となる場合も。

 

贈与という言葉からはポジティブな内容を想起しますが、

実は一見ネガティブな内容もあるのではないかと思います。

それを目撃して、何とか変えたいと思って行動することも贈与がもたらすことではないかと。

しかし、自分が欠乏していると、つまり承認欲求などにすり替わると、その時点で交換になってしまうのかもしれません。

 

議員として質問の争点になることは、合理の中にある不合理を目撃する場合が多いのではないかと思います。

9月の一般質問でパートナーシップ制度について質問します。

3月の札幌地裁の判決で、「法の下の平等」に反するという結論が出されました。

その時点で、「不合理」が存在することがはっきりしました。

そして「不合理」を是正したいと強く思いました。

裁判の結果という贈与を受けた、とも言っていいのかな。

法律を変えることは直接的にはできないので(間接的には選挙がありますが)、

自治体でできるパートナーシップ制度で可能な限り不平等を是正する取り組みをするべきだと思っています。

が、「贈与」は受け取ってはじめて「贈与」になるので、受け取れるように言葉で伝えていくことが求められるのかな。なかなか力量がいりますが(^-^;

 

あと「すでにいろいろなものを受け取っている」という感謝の気持ちでいるのか、「全然足りない。不満」という不足の気持ちでいるのかによっても、「贈与」が立ち現れるかどうか違うのではと感じました。

後者の場合は、まずは自分を満たすことが必要かもしれません。

自分を満たして初めて人に与えられる、という話も聞いたことがあります。

自分を満たさずに人に与えるのは、自己犠牲になるような気もします。

 

 

などなど、いろいろ書きましたが、結論は「面白いでのぜひ読んでみてください!」ということで(笑)

具体例があってとてもわかりやすいです。